無の日々

キモオタヒキニート生活

ss

 女に恋をした。美しい女だ。女の恋人は俺ひとりではなかった。女は、どんな男に対しても慈悲深く、両手でも余るほどの愛を分け与えた。弱った子猫にミルクをやるように自分の体をすべての男に分け与えた。男は皆、女の体を与えられるがままに貪った。女の素性や内面は他の男共にとって興味の対象とはならなかったようだ。しかし俺は、俺だけは女のすべてを愛していた。毎夜灯りを煌々とともして女の帰りを待ち続けた。
「あら、起きてたの」
女の花のような声を聴けるのは決まって朝日がのぼったあとだった。女は俺のことをつまらなさそうな目で見やる。俺は女の顔を見られることがとびきり嬉しく、微笑みながらその深い茶色の瞳を見つめていた。昔は女も俺と同じような輝きでこちらを見つめ返してくれていた。あなたのことを心から愛していると言いたげに、俺のことを視線で包み込んでいた。だが、その美しく尊い愛の雨はもう俺に降り注がない。女は不満足な男が好きだった。足りない足りないと嘆き悲しむ人間に自分の体を差し出してやることをこの世の何より快感としていた。対して俺は、もう何も欲しいものはなかった。女がただ俺のそばにいるだけで、途方もない満足感で心が満たされた。女はそんな俺にすっかり飽きているようだった。あの日しなやかな指と穏やかな表情で手渡してくれた女の部屋の合鍵を、俺がいつ返すものかとその小さな頭できっと考えている。合鍵についている塗装の剥げたキーホルダーは二人が協力してゲームセンターで取ったものだと、そんなことすらおそらく忘れてしまっている。だが俺は、絶対に女のそばを離れないと決めていた。愛している。俺にはお前だけで、──その逆もまた正だった。それに、お前といるだけで俺は無敵になれるのだ。たとえお前が立ちはだかる敵になろうと、それは確かに変わらないのだ。
女がまた部屋を出て行った。俺は今日も電気をつけて女の帰りを待つ。女はきっと今日も灯りのともる家に絶望しながらドアノブをひねる。俺は幸せだった。